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プレシャス

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Wo viel Licht ist , ist starker Schatten. 光挿す場所にいて、闇の冥さがわかるものか


いまに何かが起こる、だれかがアタシを変えてくれる。16歳のプレシャス(ガボレイ
・シディベ)は、困難と向き合うたびに空想の世界へと旅立ってしまう。読み書きが
苦手で、学校には友達と呼べる存在もいない。街を歩けば大きな体をからかわれ、
家に帰ると些細なことで暴力をふるう、冷たい母が待っている。


あまりにも苛烈な物語は、N.Y.での教師体験を描いた詩人・サファイアの小説
「PUSH」を原作に敷く。貧困、レイプに虐待と現代の宿痾を集めながらも一様の悲劇に
終わらない仕上がりは、自らも虐待を受け、同性愛者への差別を余儀なくされてきた、
リー・ダニエルズ監督の原体験に拠るところが大きい。


代替学校へと進み、読み書きを通じて自分自身へ立ち返る過程は、さながら「奇跡の人」に
おける教師サリバンと、ヘレン・ケラーとの関係を想起させた。国語教師、ブルー・レイン
ポーラ・パットン)や仲間たちとの出会いを経て、プレシャスは自閉した空想の世界を離れ、
たどたどしい文体で内面を伝える。


書くことは自らを相対化する試みに他ならない。それは回生への瞬間だ。 受容されることを
知った娘とは対照的に、母(モニーク)の孤独は深まり、生まれたばかりの孫を抱かせてと
せがんで床に放り投げる。愛した夫は実の娘に手をかけ、二人目を妊娠させた後で彼女を棄てた。
愛と表裏一体をなした怒りはしかし、身を切り裂くように烈しく、痛い。


繰り返された落胆と失望は絶望へと形を換え、頑な心に深く根を下ろしている。
そこに再起への兆しは見えない。果たして、愛は、生の暗がりに幽かな灯りを点すことが
できるのだろうか?この難しい問いを投げられたのち、観衆はカウンセラー
マライア・キャリーが見せる剥き出しの演技に刮目)との場面にその解を見出す。


「誰が私を愛してくれるんだい?」と呟く母に「彼氏なんて一度もいなかった、父親
結婚なんかできないのに!」と返す娘は、紛れもなく愛を宿している。
ただ、ひとは時々、その痛みと隔たりに勇気を欠いてしまう存在なのだろう。


障害を負った娘のモンゴと、生まれたばかりのアブドゥルの手を引きながら、
プレシャスは光のなかを歩んでゆく。その生は、強かに赫いていた。



                                 (2010年 5月)