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隣人に光が差すとき

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おそらく、安藤裕子のくぐった門はそう狭いものではなかった。


俳優としてデビューを飾るもののお世辞にも役柄には恵まれず、
戯れに披露した歌唱が注目を集めた後に歌手として脚光を浴びる。
誰しもに開かれた道が狭隘な出口しか持たない例に照らす限り、
その蹉跌は必ずしも大きいと言えない。だが、この不毛の季節が
彼女の内的音楽をあたため、開花させた事実に疑いの余地はない。


「隣人に光が差すとき」は2004年に発表された1stアルバム
『Middle Tempo Magic』の第11曲目に収録されている。


そして、この布置には確かな理由がある。最終曲「聖者の行進」は
文字通りミドルテンポの曲が続くなか、スネアドラムの躍動的な
一打一打を足音に見立てることで、それまでの音に鮮やかな決別を
告げている。言うなれば、この動的な瞬間に先立つ最後の静けさこそ
「隣人」に課せられた使命であり、曲が呼吸する気配と呼べるだろう。


アルバム発表の前年、堤幸彦『2LDK』のエンディングテーマとして
この曲が抜擢されたとき、安藤は既に26歳の秋を迎えている。


やわすぎた私は人混みのなか埋もれ 光の差すあなたを見てた
輝けるあなたの斜め後ろを辿り こぼれる光に手をのばす


友人たちが脚光を浴び、やがて人気の凋落とともに消え行く姿を
卑屈や憐れみに堕すことなく、ただ見届けるかのように歌い上げた。


自らの行く末を見つめること、その内圧を詩の温度へ逃したことで、
抑制された叫びとしての歌声も、ようやく音楽的な調和に導かれる。
長い韜晦の日々と、その後に訪れたつかの間の安息を慈しむように、
彼女は全体重をあずけながら、この上ない叙情を歌へと託してゆく。


そこに特別な唱法や技巧はない。ただ、生にのみ宿る情意がある。
安藤がようやくその名を知られるきっかけとなった曲の登場には、
さらに三年の歳月を待たねばならない。彼女にとって最大の到達は、
祖父母の愛を描いた「のうぜんかつら」によってもたらされた。



                      (2010年 11月)